結合組織に対する染色 Connective Tissue Staining
2019年1月10日更新,2020年5月29日更新
病理診断における結合組織の同定には免疫染色よりも特殊染色が一般的に用いられる。結合組織のタンパクは免疫染色でも同定可能 (例:J Am Soc Nephrol 2011;22:176)。だが,結合組織の免疫染色は疎水性アミノ酸の割合が高いため,抗体の非特異的な結合がおきやすいとされている。一方,特殊染色 special stain は経済的で重染色が容易などの利点があり,免疫組織化学が利用できるようになった現在でも広く用いられている。
結合組織中の主な線維状タンパクはコラーゲン線維,弾性線維,細網線維に分けられる。
コラーゲン線維 collagen fiber
コラーゲンは線維芽細胞から分泌され,人体のタンパク質の約30%を占める。皮膚ではタンパク質の約70%を占める。肉眼的には白色調にみえる。コラーゲンにはいくつかの種類があり,対応する遺伝子とその関連疾患はそれぞれ異なる(表1)。
通常,コラーゲン線維といえば, Type I コラーゲンに代表される線維性コラーゲンを指す。HE染色ではeosin でピンク色に染まり,細胞質など他の構造との鑑別がしばしば困難である。そのため病理診断で線維化の程度を判定するには膠原線維染色 (= コラーゲン線維染色) が必須である。
表1 主なコラーゲンの例
Collagen Type
部位
遺伝子
関連疾患
Type I
線維性
骨,歯,腱,真皮,動脈
もっとも多い
分子シャペロン: hsp47
COL1A1〜2
Dermatofibrosarcoma protuberans 隆起性皮膚線維肉腫
t(17;22)(q22;q13) COL1A1-PDGFB
Osteogenesis imperfecta 骨形成不全症 I〜IV型
アリル欠失,プロモーター/エンハンサー変異, など
Infantile cortical hyperostosis 乳児皮質過骨症
COL1A1 Arg836Cys (100%)
Ehlers-Danlos syndrome の一部
COL1A2の全欠損 = 心臓弁型;
COLA1or2のスプライシング異常 = 多発性関節弛緩型;
COL1A1, Arg134Cys = 動脈破裂傾向がある古典型類似型
Type II
線維性
硝子軟骨(関節),硝子体
COL2A1
Chondrosarcoma 軟骨肉腫
COL2A1 insertions, deletions, rearrangements (37%)
Type III
線維性
細網線維(肝・骨・リンパ節,脾)
肉芽組織
COL3A1
Ehlers–Danlos syndrome の一部
血管型および関節可動性亢進型の一部
Type IV
非線維性
基底膜
COL4A1〜6
Alport syndrome
COL4A3〜5の変異で基底膜が脆弱化;
COL4A5はX染色体, COL4A3〜4は第2染色体上
Goodpasture's syndrome
COL4A3産物に対する自己抗体が基底膜に沈着
Type V
線維性
胎盤,I型と併存
COL5A1〜3
古典型 Ehlers–Danlos syndrome
COL5A1>COL5A2の変異
Type VI
非線維性
microfibril 細線維, I型と共存
COL6A1〜3, 5
Pigmented villonodular synovitis/diffuse form of tenosynovial giant cell tumors 色素性絨毛結節性滑膜炎/びまん型腱滑膜巨細胞腫瘍
t(1;2)(p13;q37) CSF1-COL6A3
Type VII
非線維性
anchoring fibril 係留線維 表皮真皮境界の基底板とI/III型コラーゲンをつなぎ上皮の細胞極性を保つ COL7A1
Dystrophic epidermolysis bullosa 栄養障害型表皮水疱症
点突然変異,欠失
Type XVII
非線維性
hemidesmosome 半接着斑 を構成する膜貫通タンパク (=BP180)
COL17A1
Bullous pemphigoid 水疱性類天疱瘡
Type XVII コラーゲン (BP180) に対する自己抗体による基底膜破壊
弾性線維 elastic fiber
主にエラスチン elastin とフィブリリン fibrillin からなるタンパクで,動脈,肺,黄色靭帯などに豊富に含まれている。肉眼的には黄色調を呈する。引っ張ると弛緩時の1.5 倍くらいまで伸びる。長期間の日光曝露は真皮内の弾性線維を変性断裂させ肥厚した球状塊に変化(日光弾性線維症 solar elastosis)させ,皮膚の皺の原因となる。病理診断では肺や血管構造の同定に重要だが,HE染色では染まらない。
細網線維 reticular fiber
Type III コラーゲンで構成されているがコラーゲン線維と呼ばずに細網線維と呼ばれる。HE染色で染まらない。病理診断において細網線維染色は骨髄や肝臓の早期の線維化の評価に有用である。
膠原線維染色 ± 弾性線維染色
(1) マッソントリクローム染色 Masson's Trichrome Stain (MT)
利用法:主に「コラーゲン線維」と「平滑筋」を区別するのに用いる。
MTの概要:
鉄ヘマトキシリン iron hematoxylin で核を黒く 染める。
小分子である酸フクシン acid fuchsinで細胞質を赤く染める。
大分子であるアニリン青 aniline blue でコラーゲン線維を青く染める。
赤血球(鮮やかなオレンジ〜赤),線維素(赤)とコラーゲン線維(青)の違いを区別できる。
ちなみに,アザン染色 Azan stain ではおなじアニリン青を使用しているが核染色がない。画像解析で線維化部分を定量化しやすい反面,肝臓の詳細な構造はわかりにくくなるため,炎症性疾患の病理診断にはアザン染色よりも MTの方が推奨される。肝臓において MT は線維化だけでなく,胆管の同定も容易となる利点がある,と記述している教科書があった(STERNBERG'S DIAGNOSTIC SURGICAL PATHOLOGY 5th ed., page 1492)。
MTでは共染(色の重なり)などの影響で類洞領域が薄青く見えることがあり,真の線維化と混同しないように注意する必要がある。細網線維の増加を主体とする線維化(脂肪肝炎や骨髄の線維化)の評価には細網線維染色(後述)を 用いる。
(2) エラスチカ・ワンギーソン染色 (EVG) Verhoeff-van Gieson Stain
利用法:線維と筋肉を区別するだけでなく,弾性線維を同定するのに利用される。弾性線維はHE染色ではほとんど染まらない。
EVGの概要
レゾルシンフクシン resorcin-fuchsin で弾性線維:黒(黒紫)
鉄ヘマトキシリンで核:黒
小分子のピクリン酸で筋肉・細胞質:黄色
大分子のフクシンでコラーゲン線維:赤
EVG は日本で広く使用されているが,色が重なる(共染)など適切でない染色となっている施設が少なくない。赤の発色不良の場合では EVG 染色を弾性線維染色と思い込んでいる病理レジデントは少なくないのではないだろうか。弾性線維を染めるだけならオルセインやビクトリア青(後述)がある。
フクシンに代えてシリウスレッド (SR) を用いると共染を防げるとの論文がある。実際に試してもらったところ,それほどでもなかったので元に戻した。SR は安価で,染色が容易で,コラーゲン線維の定量に優れているため,コラーゲンの定量キットや,動物実験で線維化の証明によく用いられている。ヒトの病理診断では SR はあまり使用されていない。
(3) エラスチカマッソン染色 (E-M) combined Verhoeff and Masson trichrome Stain
利用法:EVGと同じ目的で使える染色法。東北大学で開発されたとされるが,北米でもほぼ同じ染色が別々に開発されて用いられて いる。肺,皮膚, 肝,消化管,腎などにおいて血管病変,弾性線維変化,線維化を個々の細胞形態を確認しながら捉えることができる。E-Mでは筋肉とコラーゲン線維のコント ラストはEVGに比較して良好である。赤血球や角化物と他の細胞との区別も容易。
E-Mの概要
レゾルシンフクシンで弾性線維:黒(黒紫)
鉄ヘマトキシリンで核:黒
小分子のフクシン,オレンジGなどで細胞・赤血球:赤系
大分子のライトグリーンでコラーゲン線維:緑
E-Mは,染色過程にやや時間がかかる。E-Mに粘液染色を加えた モバット・ペンタクローム染色 Movat's Pentachrome Stain だと染色工程はさらに長くなる。
cf. ペンタクロームの結果
酸性粘液:青
コラーゲン線維:黄
弾性線維・核:黒
フィブリン:鮮紅
筋肉:赤
ペンタクロームは試薬も比較的高価であり,京大病理部では通常の診断で使用していない。
弾性線維染色
(4) ビクトリア青染色 Victoria Blue Staining
利用法:主として消化器癌の血管侵襲同定のために,HE染色の重染色として用いる(ビクトリアブルー・HE染色, VBHE)。染色は安価で,行程は単純なので,HE自動染色装置の普及前はよく用いていた。HBs抗原,銅,肥満細胞を染めることもできる。
線維化の評価も同時に必要であれば,EVG や E-M を用いる必要がある。
VBHEの概要
弾性線維:青
細網線維染色
(5) ゴモリ鍍銀法 Gomori Stain for Reticular Fibers, Reticulin Silver Impregnation
鍍銀染色(鍍銀 = メッキ),レチクリン染色,あるいは Gitter 染色(京大系施設)とも呼ばれる。細網線維は細網細胞 reticular cells から作られるとされる。細網線維の表面にある糖鎖を酸化して染色するので,原理的には Grocott 染色や PAS 染色と類似している。
肝臓では肝細胞索を同定できるため高分化な肝細胞性腫瘍の判定に重要な役割を果たす。また骨髄の線維化など,type I コラーゲンの増加に乏しい(初期の)線維化の証明に用いる。
鍍銀染色の概要:
細網線維:黒
細胞質・コラーゲン:紫
Gitter や Elastica はドイツ語由来らしい。エラスチカマッソンは和製ドイツ語?