病理診断科 と Department of Diagnostic Pathology の由来
2021年02月21日開始
はじめに
「病理診断科」や,その英訳語 "Department of Diagnostic Pathology" が登場したのは比較的最近であるように思われるため起源を調べてみた.
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医中誌によると
「病理診断科」の登場は1977年?
・長村義之 (東海大病理診断科),秦順一,玉置憲一,渡辺慶一,川上由子,大庭孝男,清水一男.腫瘍スタンプ標本の応用(第2報)スタンプ迅速診断への応用.臨床病理25巻補冊 Page554 (1977.08)
長村先生は後に東海大学の教授,さらに国際病理アカデミー (IAP) のプレジデントに就任した.
中国語では「病理科」の表記が一般的のようである.当時の日本における「病理」は基礎研究のイメージが強かったので,あえて「診断」という言葉を加えたと推察する.
当時の東海大学は Division of Surgical Pathology の訳語として「病理診断科」を用いているようだ.
Department of Diagnostic Pathology は1995年頃? ・Fukushima N, Oonishi T, Yamaguchi K, Fukayama M. Mesothelial cyst of the adrenal gland. Pathol Int. 1995 Feb;45(2):156-9. Department of Diagnostic Pathology, Kanto Teishin Hospital, Tokyo, Japan.
・深山 正久(関東逓信病院 病理診断科)EBウイルスと胃癌 EBウイルス関連癌の発癌機構に関して.医学のあゆみ (0039-2359) 174巻 7~8号 Page656-657 (1995.08)
当時の病理部門に相当する英語:
Department of Pathology(東京大学など)
Department of Anatomic Pathology (九州大学,京都大学病理部など)
Depatment of Surgical Pathology (京都府立医科大学など)
深山先生もまた,診療科としての病理を強調するためにあえて, Diagnostic Pathology という表現を採用したのではないかと推察する.
深山先生は後に東大教授となったが東大は Department of Pathology のままだ
【病理診断科の認知】
2000年代始めまで「病理診断科」の名称はほとんど使われていなかった. 1989年に,病理診断は医行為であるとの回答が厚生省健康政策局医事課長から発出された.(2020年にも再度疑義照会が行われ,同様の回答が得られた).しかし当時は病理診断科は標榜できる診療科として認められていなかったため,「〜科」と称している病理部門はほとんど存在していなかった.
21世紀における病理診断科の推移
医中誌検索:"病理診断科" AND DT=年
2002年 6件
東海大,東京医歯大,聖路加国際病院,慈生会病院
2004年 41件
東海大,豊中病院,平鹿総合病院,静岡がんセンター ,岸和田市民病院,
神奈川県立がんセンター,聖路加国際病院,彦根市立病院,小諸厚生総合病院,市立池田病院
NTT東日本関東病院,四国がんセンター,太田綜合病院
2006年 61件
2008年 182件
2010年 450件
2012年 524件
2013年 664件
2014年 935件
2016年 973件
2018年 992件
2008年に「病理診断科」が初めて標榜科の一つとして認められた(平成20年2月27日官報 号外第36号 11-12頁 政令第36号).従来の「病理部」や「検査部」から「病理診断科」に改称する病院が増加した.
2013年に,病理学会は深山理事長名で「病理診断科の名称使用のお願い」を発出した.標榜を認められたにもかかわらず,一部の病院では患者を診察しない等の理由をつけて,「病理診断科」を認めることに躊躇したことに対応した働きかけであった.これにより,病理診断科の名称の普及がさらに進んだ.2014年以後,医中誌でヒットする「病理診断科」の件数はほぼ横這いで推移している.
https://pathology.or.jp/news/whats/meishou-130331.html
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/kokokukisei/dl/koukokukanou.pdf
【PubMed にみる "Department of Diagnostic Pathology"の増加】
"Department of Diagnostic Pathology" はほとんどが日本の施設で,「病理診断科」が普及した後にこの名称が増加したようにみえる:
1994年 1件
Beth Israel Medical Center (米国)
1995年 4件
関東逓信病院,Beth Israel Medical Center,アサンMC
2000年 11件
サムソンMC,アサンMC,仁済大学校ソウル白病院,ヘンリーフォード病院
2007年 13件
富山医薬大,千葉大,東京医大,藤沢市民病院,京大,大阪市大,高知赤十字病院
2008年 23件
2013年 53件
2014年 184件
2016年 337件
2018年 502件
2020年 623件 国立がん研究センターが使用を開始
補1:医中誌で「病理診断科」を最初に使用した公立病院は,大阪府立羽曳野病院(現:大阪はびきの医療センター)のようである:
・細野芳美 (大阪府立羽曳野病院病理診断科), 他.N-acetylcyteineを用いての喀痰集細胞法標本の細胞学的研究1扁平上皮癌と扁平上皮化生.日本臨床細胞学会雑誌17巻3号 Page465 (1978.10)
補2:PubMed でのヒット数比較(2021年2月21日)
705,660 results "Pathology"[AD]
423,040 results "Department of Pathology"[AD]
4,249 results "Department of Anatomic Pathology"[AD]
3,720 results "Department of Molecular Pathology"[AD]
3,312 results "Department of Diagnostic Pathology"[AD] ← Surgical を抜いた!
2,289 results "Department of Surgical Pathology"[AD]
補3:Diagnostic Pathology を直訳するなら「診断病理(学)」が正しい.
雑誌「診断病理」は2000年より日本病理学会から刊行されている.
雑誌 Diagnostic Pathology がPubMedに収載されるのは2006年から.
講座/分野名として診断病理学を用いる大学も多い
「診断病理学」大学:筑波大,千葉大,東京医科歯科大,日本医科大,聖マリアンナ医科大,京都府立医科大,長崎大,大分大,など
「病理診断学」大学:札幌医科大学,弘前大,岩手医大,東北大,山形大,群馬大,国際医療福祉大,東大,昭和大,東海大,富山大,名古屋大,藤田医科大,京都大,神戸大,奈良県立医大,広島大,など
補4:京大病院病理の名称の変遷
1980年発足時は病理部 (Laboratory of Anatomic Pathology) だった.
現在は病理診断科 (Department of Diagnostic Pathology) と称している.
1980年4月 京都大学医学部附属病院に病理部を設立
1982年 医中誌に初登場
山辺 博彦. 最近20年間の京大病院における非ホジキンリンパ腫生検例の再検討(会議録) 日本病理学会会誌 Page432 (1982.11)
1990年 PubMedに初登場 (Laboratory of Anatomic Pathology)
H Yamabe. [Histopathology of malignant lymphomas] Rinsho Byori. 1990 Apr;38(4):386-9. [Article in Japanese]
1993年 旧第1病理,第2病理の日本語名から「病理」が消滅
1997年11月 専任の教授(山邉博彦先生)着任,分野名を発生病態学とする
2005年4月 病理診断部に改称,英語名に Diagnostic Pathology を採用
2010年10月 分野名を発生病態学から病理診断学に変更
2011月 病理診断科の設置申請(7月),病理診断科として医中誌登場(10月)
片岡 竜貴, 岡山 吉道, 羅 智靖, 羽賀 博典. マスト細胞 KIR2DL4を介したヒト・マスト細胞の制御(会議録) アレルギー 60巻9-10号 Page1344 (2011.10)
2012年4月 病理診断科を設置,病理診断部の方は病理部の名称に戻した