割面 かつめん

The only indicator of correctness is usage

正しいかどうかの唯一の指標は使用量

割面(かつめん)とは、断 面3次元の物体を切断した時に現れる2 次元の面)の意味で使用している病理業界用語 jargon のようです。
報告書に用いる用語として適切な表現でないと感じます。
英語だと断面は cross section (cross = 横断, section = 切り分けられた部分) に相当すると思います。
cross section = a surface or shape that is or would be exposed by making a straight cut through something

「割面」に相当する病理用語は cut sufrace か

sectioning は動名詞なので,割面はここから訳したものではなさそう
(セクショニングと片仮名で書くと,パラフィンブロックの薄切のイメージ?)

e.g. Serial sectioning of the mass revealed solid and cystic cut surfaces with a heterogeneous appearance and areas of extensive necrosis. 

e.g. Sectioning revealed two components to the mass with a larger portion of the mass composed of brown-red gelatinous tissue and the smaller portion composed of firm, tan-white tissue.

e.g. Bisection of the kidney revealed an irregular mass, 13.0 x 10.0 x 5.5 cm.

e.g. Upon sectioning, there is an 11.0 x 7.2 x 3.0 cm well-circumscribed, yellow-tan, mass with an apparent capsule.

「割面」にもっとも近い表現は cut surface(s) かもしれない.cut = 割(断), surface = 面, .
・cross section に比べ cut surface の検索ヒット数は少ない.
・画像検索ではcross section では様々な断面がヒットするのに対して,cut surface で検索すると,いくつか病理画像がヒットする

e.g. The cut surfaces of the tumor nodule were fleshy, light brown, and focally hemorrhagic. (複数の切断面で腫瘍を観察したことがわかる)

e.g. On cut surface, the tumor was pink-tan with rare cystic spaces

誤解が生じないなら,断面だの割面だのいわずに直接記載も 可能でしょう.
e.g. Gross examination revealed a 2.8 x 2.1 x 1.6 cm tan red nodular and papillary mass with central cyst formation.(文脈より断面であることはほぼ自明)

・ 全割 本来の意味は「動物卵の卵割形式で卵全体に卵割面ができること」
しかし京大病院ではしばしば serially sectioned and totally embedded の意味で使っている...
e.g.「全割しました」

・『
代表「面」を標本にしました』と書 く専攻医がいるけど、代表「部分」の意味ですよね(面は二次元...)

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以 下,病理部メーリングリストより抜粋 件名  [byoribu:1946] 「割面」雑考 (2020.08.24, by 寺本祐記先生)

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サルベージ途中で「割面」に関する羽賀先生のメールを拝見しました。
「割面」と「断面」に意味やニュアンスの差はなく、「断面」の方が人口に膾炙しているので、たしかに言い換えた方が臨床医や患者に とって分かりやすいもの になると思います。
ただ、「割面」が不適切とされた理由が「 jargon (隠語,内部でしか通用しない特殊な用語)」とされているのを見てよくわからなくなりました。

なにを technical term として扱い、なにを jargon として排するかの線引きはどのようにするのが適当なのでしょうか?
これは私が日頃悩むことのひとつです。

すみません、私の中では「割面」というのは専門用語の範疇に入っており、使用しても差しつかえないと思っています。
一方で「全割」は jargon 寄りかな、と感じます。

「割面」は確かに『日本国語大辞典』にも収載されていませんが、語としては200年、医学・病理学では150年使われており、言葉と しては「細胞」や「増 殖」「悪性」等と同期です。
岩波『生物学辞典』「小脳」「肉腫」本文中に割面という言葉は使われていますし、用例は決して医学だけに限るわけではありません。

一般語で置換することは決して悪くないと思うのですが、どこまでそれを推し進めるべきか、については
主な client である臨床医との相談も必要ではないか、と思います。


* 以下附録です。「割面」「増生」「考えます」な どの言葉に興味のある人むけ。

[羽賀注:ここからがすごい...]
 
病理と「割面」
ちょうど世界中がCOVID-19禍に覆われていますが、100 年前の「スペイン風邪」の病理解剖記録でも「割面」の語は使われていました
内務省衛生局著『流行性感冒』 1922年3月

https://www.niph.go.jp/toshokan/koten/Statistics/10008882.html
(8にあります。字が読みづらいので、下の画像は平凡社版から)

 figure1_flu.jpg

医学分野における「割面」の用例はさらに遡り、私が知る限り1875年(明治8)が最も古いものです。
『順天堂醫事雑誌』巻三

https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjmj/M8/3/M8_3_16/_pdf/-char/en

figure2_1876.jpg
 
これ以降いくつも用例がありますが、煩瑣なので省略します。

病理分野以外での「割面」
「割面」は病理分野以外でも使われてきました。主に鉱物学ですが、一般書でも見られます。
一例として大森貝塚を発見したモースの日本滞在記を示しましょう。左が原文、右が訳本です。

 figure3_japan_day_by_day.jpg
左:Edward S. Morse. "Japan Day by Day, 1877, 1878-79, 1882-83"
右:石川欣一訳『日本その日その日』平凡社、1970年10月(初出は1929年)

「割面」はいつ頃できた言葉か?
「割面」の初出は不明ですが、遅くとも江戸末期には単語として存在したようです。
残念ながら自宅の書架が使えないので江戸中期以前の調査が十分とは言えないのですが、
文政初(1822-1825年)に発刊された『遠西醫方名物考』「血石」には既に「割面」の語が見えます。

figure4_1822.jpg 

おそらく「割面」は19世紀初頭に作られた"cleavage (or cutting) surface/plane" の訳語だろうと私は思っています。
最初は石や岩の劈開面を指し、明治初年に臓器の断面に対して転用されたのでしょう。
なお、同時期に「悪性」(当初の読みは「あくしょう」)「増殖」「酸素」「培養」などの言葉も作られました。
「細胞」も 『遠西醫方名物考』の作者、宇田川榕菴が cell の訳語として作ったものです。

「割面」は中国からの輸入か?
なお、中国からの輸入の線は薄いと思います。私が知る限り、用 例は決して多くはありません。
漢語の「割面」の用法は大きくふたつにわかれます。
ひとつは、『晉書』劉曜伝「權渠大懼,被髮割面而降。」のように、恭順の意を表わすために自らの顔に傷をつけることを指します。
もうひとつは、明代の白話小説『今古奇観』十二巻「習習悲風割面,濛濛細雨侵衣。」のように、冷たい風が顔に強く吹きつけることを喩えて言います。
一例として唐(前蜀ではない)の王建の詩「關山月」を見てみましょうか。

營開道白前軍發  營開き道白くして 前軍發す
凍輪當磧光悠悠  凍輪 磧に當たりて 光悠悠たり 
照見三堆兩堆骨  照らし見る三堆 兩堆の骨
邊風割面天欲明  邊風 面を割きて 天 明けんと欲し
金沙嶺西看看沒  金沙 嶺西 看看として沒す

月の光が照らす白骨の散らばった道を粛々と進軍する兵士の境遇を歌ったもので、
「辺境の寒風が兵士の顔に吹きつけ、夜は明けようとしている(→また戦いが始まる)」という使い方をされています。
もし現代の中国語に日本と同じ意味の「割面」という言葉があるのなら、他の科学用語と同じく日本語からの輸入でしょう。

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「増生」
19世紀初頭の『遠西醫方名物考補遺』に「溫煖ヲ增生シ血ノ運行ヲ進輸シ」とあります。
おそらく「割面」や「増殖」と同時期に作られた言葉なのでしょう。

山極勝三郎『胃癌発生論』(1905年)を読むと、
「違型的上皮細胞增殖 (atypische Wucherung der Epithelzellen)」
「單純正型的增生 (Einfache typische Hyperplasie)」
のように使い分けられており、今でも非腫瘍性/腫瘍性のものを増生/増殖と分けることが多いのはこの系譜でしょう。
ただ、私が一読したところ、 山極氏もそれほど厳密に分けていないのでは、と感じました。


「考えます」
 病理診断報告書における「考えます」という表現は、かつて訴訟で争点のひとつに なったことがあります(京都地裁、平成24(ワ)2466)。

[羽賀注:私にとって,この時点で「かつて」と表現するほど昔の事ではなかった.なお京大は被告ではありませ ん.念のため]

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=88258 

流れは「切除生検で乳癌と診断→乳房温存術+リンパ節郭清施行→あとになって良性と判明→訴訟(病院敗訴、 賠償741万円)」


切除生検の診断文
Papillotubular carcinoma, breast
2ケの組織各々2分割しました。大きい方の組織片では,その端のごく1部に,Atypiaを示す細胞群が増生。
Papillotubular carcinomaとされます。小さいfocusですが,carcinomaはあると考えます。殆どは,mastopathiaを見ますが。

患者側の主張の一部(要約):
病理診断書の「考えます」という表現は、癌を確定的なものと考えていないことを示唆している
視触診・マンモグラフィ・エコーの結果から直ちに乳癌と診断することも困難であり、癌ではない可能性を考慮し、
外科医は他の病理医の意見を求めるか、経過観察により病変の経時的変化を見る、といった対応を取る義務があった。
注:これは「外科医にも責任があるでしょ」と言いたいための強弁。
病理医に対しては 同じ口で 「癌と確定診断したではないか」と主張しています。

病院側の主張の一部(要約):
病理医は本件生体標本をもってがんと確定診断したのではな く,疑いがあるとしたにすぎない。
がんと判定できる大きな病巣がないこと,異型が認められたのは検体のうちごく一部である旨記載した。
(この言訳は無理)

裁判所の判断の一部(要約):
「考えます」という表現が何らかの留保を示すものとは解されない
「疑い」という表現や、追加検査の必要性を示唆する記述など、診断を確定できないことを伺わせる記載も無い。
したがって、本件報告書は、癌があるという病理診断と解すべきものである。

普通に考えれば「Ca.と考えます」は「Ca.だ」と同義で、原告が臨床医にも 責任を負わせるために妙な理屈をこねただけです。
ですから「考えます」を使ってはいけない、とは思いません。
が、積極的に使用する理由もないと思いま す。
病理医が何気なく使っている「目立ちます」「の可能性は除外できません」「を疑います」等々を、一般人がどのように受け取るかは幅が あるのかもしれない、 または(意図して)妙な解釈をする人がいるかもしれない、と振り返るきっかけにするのは良いこと かもしれません。
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