切り出し注意事項 Precautions for Grossing
2017年6月2日開始
2021年6月14日更新、6月17日更新、6月24日更新、2022年11月12日更新  
羽賀・平田・佐伯

ここでいう切り出し grossing とは、顕微鏡的検討のために組織を処理し、その過程を記録することです。
「ローカルルール」を含め注意すべき点を記述します.

☆☆ 切り出しは担当技師との協力が重要です ☆☆

病理医は、「〜は技師にやってもらって当然」とか「切り出しの後のことは知りません」という態度ではなく、
標本作製全体をイメージした上で、効率的かつ安全な作業のために努力と配慮をしましょう。
作業環境に関する法律知識や資格の点では、臨床検査技師の方が上です。
☆☆ 切り出しに関する記載は病理報告の一部です ☆☆
切り出しの時点では、作成した肉 眼的所見が「メモ」レベルであったとしても、
診断送信時までには「報告書」の一部に仕上げなければいけません。
用語、句読点,スペリング,文法を駆使して,簡潔でありなが らプロフェッショナルな印象を与えましょう。
The goal is to be concise, yet professional-looking in terminology, punctuation, spelling and grammar.

【安全・衛生】
当日の担当病理医は切り出し従事記録に記入してください
ホルムアルデヒドを扱う作業全般については、法律(労働安全衛生法)で作業記録の保存が義務付けられています
京都大学の管理システム (KUCRS) への入力は技師がおこなっていますが、記録に不備が生じないように、病理医は作業記録への記入を忘れないこと


【安全・衛生】
保護めがねと、切創防止手袋の着用
切り出しはゴーグルの着用、ドラフト内作業が原則
特に硬い組織を切るときは切創防止手袋を着用する


ドラフト内作業&保護めがねの着用・切創防止用手袋の着用
∵ ホルムアルデヒドには発がん性、感作性(アレルギー)、その他の人体への影響が報告されています
∵ 毎年のように、病理診断科・病理部内で切創事故が発生しています

【効率】
乳腺など脂肪の多い検体を優先的に処理してください
∵ 脂肪成分の多い組織(乳腺、腸間膜、脳、脂肪腫など)ではキシレン槽での脱脂では不十分で薄切時に組織が離開してしまうおそれがあります。このた め別に脱脂処理を必要とする場合があります。脱脂には処理時間が かかるため、脱脂の必要な組織は先に処理する必要があります.

【効率】
固定不良臓器は無理して切り出さない
∵固定不良は、顕微鏡標本になる過程で、組織レベル・細胞レベルでの形態の歪み、収縮が生 じ、染色不良や RNA 分解をひきおこします。そのため、固定不良検体は病理診断・遺伝子診断ともに不適切な標本となるおそれがあります。

【効率】
できれば標本番号 (H〜)の順に切り出してください
∵ 作製された後のブロックの処理を円滑におこなうためです

【安全・衛生】
依頼票・ ワークシートを血液等で汚染しない
汚染した用紙は廃棄してください(コピー作成の後)

【効率】
切り出しはカセットサイズに収める
∵ カセットの内寸(30 x 25 x 4 mm)と切り出しトレイのくぼみが同じ大きさです
はみ出していると、診断に重要な部分がトリミングで失われるおそれがあります


【効率・安全・衛生】
再利用する器具の取扱いのポイント
洗浄担当者がいると思わないこと
剖検で使用したタッパー類は自分で洗う

タッパーウェア(容 器)等に貼ったラベルは、剥がしてから、流しに
 ∵
検体取り違えを防ぐため

タッパーウェア(容 器),ゴム板,まな板の使用後は、速やかに水洗して流しに置く:
  ∵血液は放置するとタンパク質が凝固し洗っても取れなくなる

同じサイズのタッパーは流しにぴったり重ねて入れない
  ∵
後で取り外せなくなります

洗浄槽に入れるのは、替え刃を外した後の トリミングナイフと、はさみ
  ∵切創事故を防止するた め,必ず替え刃を外したことを確認してください

【効率】
切り出しは 14:30(最悪でも15:00)までに完了する
∵ 脱水包埋プログラムは全体で16〜18時間かかります。包埋作業は翌朝から始まります。

切り出しは医師の担当
小物 small で定型的処理が可能な部分については技師が行う場合があります

消化管・皮膚など薄切方 向が重要な検体の切り出し注意点(ローカルルール)
①上皮(粘膜)が上になるようにトレイに並べる
∵ 顕微鏡で観察したときに,上皮が上にみえるようにブロックを作製するため

②薄切面 = 標本にしたい面 の「反対側」にマーキングすることが望ましい
∵ 薄切面がわかるように、口頭でも伝える

③ EMRは,「2 mm 幅(無理な場合は3 mm幅)」で「均等な厚さで」連続的に切り出す。
細切した組織をさらに分割する場合,下図のように,枝番号は上から下、あるいは下から上に割り振る.
左右に枝番を割り振ると検鏡時に病変の把握が困難になるおそれがある。

EMR.jpg

あらかじめオーダーする染色・薄切の確認
特殊染色・免疫染色の必要性があら かじめわかっていれば(そして、他に染色を追加する必要がなさそうであれば)切り出し時にオーダーすることが望まれます。

∵ ターンアラウンドタイム(TAT, 標本の受け取りから診断報告までにかかる総時間)を短縮し小さな検体の消失を防ぐ
 例:アミロイド、EvG/Elastica-Masson、CMV

真空パックした残組織からの追加切り出しの注意点
真空パックに用いている保存溶液は病理用アルコール(エタノール約90%にメタノールやイ ソプロパノール[有毒]を添加したもの)です.

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Gross description
【検体の数をどこまで数えるか】
・1つの枝番(区別を必要としない組織片の集合体に割り振る番号)に組織片が複数ある場合は5個までは数える
(ローカルルール)
・移植肝に腫瘍がある場合、10個までは数える(ローカルルール)。

【腫瘍の大きさ】
ふつうは「肉眼的大きさ」が優先する。
・ただし、顕微鏡での計測と大きく違っている場合は、顕微鏡的大きさを記載し、異なった理由を付す。
・切り出し時の厚みを一定に保つようにこころがけると肉眼的腫瘍の大きさの記載が容易となる場合がある。
 スラブ slab(厚切 り, 1-2 cmくらい)/スライス slice(薄切り, 5 mmくらい)

(例)腫瘍は 2.5 x 1.5 x 1.0 cm 大です.
           断面での腫瘍の大きさが 1.5 x 1.0 cm でも、連続した0.5 cm 幅で作製した5スライスに 腫瘍が認められる場合の腫瘍最大径は 2.5 cmと推定される.
・検体の大きさが 0.1 cm 未満 (< 1 mm) なら「微小(標本作製過程で消失のおそれがある)」と書いて構わない(ローカルルール).


【腫瘍性疾患切り出しの原則】
下記①〜④ すべてを満たす切り出しが望ましい。
腫瘍部(組織の大 半/すべてが腫瘍)
 遺伝子検査に有用。通常は2個あれば足りる
 10個以上作るときは、目的を明確に

腫瘍/非腫瘍の 境界部
 腫瘍の浸潤態度、脈管侵襲、上皮内病変、初期病変、
 正常部分と腫瘍部分の形態・免疫形質の対比、などに有用

非腫瘍部(腫瘍から1 cm以上離れている部位)
 背景疾患の確認、顕微鏡的/偶発病変の発見に有用

切除断端(腫瘍を含む、あるいは 含まない)
 手術の適切性の評価に有用

(カ セットサマリー例)
#1, 近位側断端、非腫瘍部
#2, 遠位側断端、腫瘍辺縁部を含む
#3-4, 腫瘍代表部 (#3遺伝子検査用)

Specimen identifiers
1つの病理番号につき複数のブロック(カセット)が含まれることが多い。
1つのブロック(カセット)に、複数の枝番号(#, 区別すべき組織片に割り振る)が含まれることがある。

(例)EMR 検体1個、3.0 x 2.3 x 0.2 cm大。
連続的に13分割し、全体を2カセットの標本とした.

(例) #1-2: 胃体部後壁腫瘍;#3:前庭部陰性生検
ブロック1: #1-2
ブロック2: #3
遺伝子検査の観点では #1-2 と #3 は別ブロックが望ましい)

提出された検体を、分割せずにそのまま提出する場合,英語だと
embedded in toto (EIT)
entirely submitted, non saved (ns)

の ように表現する.
昔、 天理よろづではチェックボックスで □ ESS (Entire Specimen Submitted) と印刷してあった。
(例)ホルマリン固定された 0.2 – 0.4 cm 大の組織片10個.全体を1カセットの標本とする.
Received in formalin are 10 fragments of tissue that range from 0.2 – 0.4 cm in maximum dimension.
The specimen is entirely submitted in one cassette.

提出された検体のうち、一部のみを標本作製に提出する場合は,
representative sections are submitted (RSS)
のように表現できる。

参 考URL
Microscopic Cut-Up Manual (The Royal College of Pathologists of Australasia, RCPA, 王立オーストラリア病理医協会)
https://www.rcpa.edu.au/Manuals/Macroscopic-Cut-Up-Manual/Videos

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