【病理医とは Q & A (駄文 2014年6月頃;2020年8月頃少し改変)】


Q1. 病理医は顕微鏡ばかりみているようですが,医療・医学の役に立っているのですか?患者を診ないのは医者らしくないと思いますが?

A1.    病理医は直接患者を診察しません。病理組織・細胞診でみられる形態的変化を利用して,特定の症状・病態を推定し,病名(病理診断)をつけることで医療に 貢献しています。しかし,必要に応じて電子カルテの記載や他の臨床検査結果,画像検査結果などを確認しています。疑問点を臨床医に電話して質問することも あります。また臨床医と病理医が定期的なカンファレンスの中で病理診断の妥当性を検証することも一般的に行われています。


Q2. 形態診断の意義はなんですか?遺伝子や各種バイオマーカーで診断した方が,迅速で客観性があり,正確なのではありませんか?

A2. 遺伝子検査には様々な制約があります。一方で形態診断は簡単に数値化できないものであっても診断指標とすることができます。疑っている疾患別に機 器や試薬をほとんど変更する,といった手間は必要ありません。一見すると非科学的な手法と捉えられがちです。しかし,それは単に高度に組織化された多細胞 生物である人間の認知能力について,人間自身があまりよくわかっていないだけのことと思われます。人間はトレーニング次第でいろんな事ができるのです。

 現在の分子標的の探索は,まず病理医が「腫瘍」と診断した検体について,「治療標的となる遺伝子を探す」形が一般的となっています。要するに,腫瘍関連 遺伝子を調べる前に病理診断を参考にした方が,経済的でかつ迅速・正確な治療方針の決定ができる,と考えられます。
 炎症性疾患,例えば,臓器移植後の急性細胞性拒絶反応や,結核による乾酪壊死を伴う肉芽腫についても,遺伝子や微生物培養,サイトカイン測定を駆使する より顕微鏡で見た方が迅速に診断できる場合の方が多いと思われます。

 物質の空間配置を認識するという点で,病理診断は超音波検査やMRIといった画像診断との共通性があります。病理診断の結果を画像診断にフィードバック する(あるいはその逆)もよく行われています。

 非侵襲的な方法で組織や細胞を観察する方法は急速に進歩しているので,将来は放射線科医が病理医を兼ねるのではと思われるかも知れません。しかし試薬の 安全性や価格等を考慮すると,各種免疫染色やISHを in vivo で行うことは,現実的ではありません。放射線診断医と病理医の棲み分けは続くものと思います。


Q3. 病理医の収入は他の医者より低いですか?また,将来性はどうですか?

A3. 常勤・非常勤とも病理医としての収入は安定していると思います。常勤の場合,基本給・時間外給与は(たぶん)他の医師と同じ扱いです。病理医が多 すぎて困っている,という施設はほとんどないと思われます。

 とはいえ,常勤病理医としての総収入は他の医師より低くなる可能性があります。病理医には当直による収入はありません。患者からの付け届けもほとんどあ りません。製薬会社からの金品の供与やゴルフの接待,というようなこともあまり期待できません(最近はそうでもない?)。

 病理開業は,うまくやれば勤務医を超える収入が期待されるかもしれませんが,現状では衛生検査所の下請け的仕事が多く,できる追加検査も限られることが 多いと思われます。そのため患者への診療に深く関わっていく機会は乏しいと思います。臨床情報の不足 による誤診には特に警戒する必要があるように思われます。

 病理診断業務は,病理解剖と切り出し以外,基本がデスクワークであり,高齢者でも働きやすい職種です。80歳を超えて一線の病院で勤務している先生もい ます。もしかしたら,亡くなる直前まで現役で働く医師の割合がもっとも多い診療科かも知れない,と思えることがある反面,あるとき突然に急激な技術の進歩 によって一気に淘汰が進むのではという懸念も拭いきれません。

 病理医に限らず,医療従事者は社会情勢,保険制度の変化や技術革新に伴って,就業形態が大きく変わる可能性は否定できません。どんなことがあっても対応 できるように心の準備と医学全般に対する関心は失わないようにしたいものです。